先輩就農者の声

先輩就農者の声

農業は楽しんでやらなきゃダメ
「自分が楽しむ」ではなく
「お客さんをどう楽しませられるか」が大事

経営の概要を教えてください。

水稲が7ha。イチジクが10aほど。

稗苗さんが農業を始められたきっかけは?

大学のとき、農村研究の先生に同行してラオスに行ったんです。宗教と農業を中心とした、自給自足の中にある田舎の暮らし。家族が助け合いながら暮らしていました。事前情報では貧しい国と聞いていたんですが、行ってみると貧しさなんて全く感じなくて。農業を主軸として暮らすことに感銘を受けました。お金だけが幸せではないという側面を見せられて、農業について考え出したんです。小さい頃は祖母とよく畑に行って、近所の人と物々交換したりと、畑はコミニティを感じられる場でもありました。そんなことも思い出し、就職の際に農業に携わる仕事をしたいと考えたんです。農協に入るか、県の職員になるか、農家として生産に回るか。考えた結果、生産を選びました。

稗苗さんの家は代々農家だったのですか?

3反ほどの農地はありましたが、父はサラリーマンの兼業農家です。農地は引き継ぎましたが、経営ベースという点では僕がゼロから作り上げています。

就農前に準備したことはありますか?

父は営農組合の立ち上げに関わっていたのですが、大学の夏休みなどを利用して組合の会計を手伝っていたんです。会計に興味があったのと、農業やるにはお金のことをわからないととも思っていました。あとは営農組合に一度研修に行ったのですが、ワンシーズンで辞めました。自分のやりたいこととは少し違うと感じたからです。その後、栃木の農家でもワンシーズン研修した後、富山に帰ってきて、自然農法をされている土遊野さんに研修に行かせてもらいました。

これまでに辛かったことはありましたか。

就農当時は辛かったですね。就農と同時に結婚もしたんです。収入もなく、奥さんも会社を辞めて就農したので不安でしたね。なので必死でした。初年度は収穫量も少ないし、営業面、技術面においてもスキルがない。田んぼもヒエだらけにしてしまい、手刈りしていました。幸い青年就農給付金を受給できたので助かりましたが、あれがなかったら危なかったです。

その後、どうやって販路を開拓されていったんですか?

当時は東京・青山のファーマーズマーケットなどマルシェの出店が盛り上がっている頃。富山はまだマルシェがあまりなかったため、11月頃から隔週で東京へ行き販売を行っていました。でも他の出店はほとんどが加工品メイン。米は重いし、マルシェ向きではないということを学びました。足を止めてもらうことには苦労しましたね。でも出店を続けるうちに少しずつですが、着実にお客さんを掴んできた手応えが出てきました。その後、富山でのマルシェ出店も多くなっていったように思います。出店を通して、富山の活躍している人たちが僕たちのこと知ってくれて、応援してくれて。そこから県内にも名前が広がっていったという感じです。

就農してから成長を感じられている部分はありますか。

先のビジョンを考えられるようになりました。それを考えないと、農業は続けられないということがわかってきたんです。

農業のやりがいはどんなところに感じられていますか?

僕たちは、直接消費者の方と繋がり販売しているので、どこかの誰かではなくどんな人が食べているかをわかっているところですね。もちろん、その分、責任感も大きいです。これからもっと成長していかなければと思っています。

就農を考えている方へメッセージをお願いします。

研修では『楽しんでやらなきゃダメ』と言われてきました。当時は「自分が楽しむ」と解釈したのですが、今は「お客さんをどう楽しませられるか」が大事だと思っています。それが自分の楽しみにも繋がっていくんです。

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